2009年5月 9日 (土)

粟島島開きにやってきた助っ人シンガーソングライター バクザンさん

NAMARA-YA 5ミニッツインタビュー(番外編)】

またまた番外編。NAMARA-YAではなく、新潟市でもありません。前回の松本卓也監督に引き続き、新潟の離島、粟島の、粟島浦村総合庁舎2階。粟島の島開きのイベントスタッフが集い、食べつつ飲み語る宴会の傍ら、「どもども始めまして」とインタビュー。これまた松本卓也監督の回同様に酔っ払ってるけどダイジョブか!?

Bakuzan

サトシン
お名前、自己紹介をどうぞ。
バクザン
バクザンです。ミュージシャンです。僕は東京の大田区の蒲田に住んでるんですけれども、そこに「蒲田温泉」という真っ黒い温泉があるんですけれども、そこの歌をつくりまして、今度、5/30なんですけど、全国発売をします。ほしい方は、興味を持った方は、インターネットでも視聴できるので、よろしくお願いします。
サトシン
どんな感じの歌なんでしょう?
バクザン
えーとですね…、まずは蒲田駅から鎌田温泉に行くまでの道のりの曲をつくりました。そこから、蒲田温泉の内容の歌を歌います。そして、2階には宴会場があるので、宴会場の歌もつくりました。4曲目はサービスで、HIPHOPの曲で、「Yo~チェケラYoYoYo」って感じの歌をつくりました。最後はもちろん帰るワケなので、「帰り道」というタイトルの曲をつくって終わるんですけども。アルバムですね、ミニアルバム。
最後は聴いた人も参加できるようにカラオケが入ってまして、歌詞カードの裏には譜面も入ってます。ギターのコードも入ってますので、弾きながら一緒に歌えます!
サトシン
そもそもなんで蒲田温泉の歌をつくろうと?
バクザン
単純に近所ってところと、好きってのもあるんですけど、黒湯も都内にはいっぱいあるんですけど、いろいろ入っていちばん泉質がいい気がしたんですね。いちばんいいな!と。それで蒲田温泉がいいなと。2階に宴会場もありますし。食って飲んで、できる場所もありますし。雰囲気がなにより、いい!
サトシン
蒲田温泉LOVEだと。
バクザン
LOVE!そういう気持ちに突き動かされて。別にあっちは頼んできてないです。僕が個人的につくって売り込んで、そんで「公式ソングということでいいですか?」って聞いたら(蒲田温泉に)「いいですよ」って言われて、まあ、勝手に応援歌ですね。でもあっちも喜んで、僕を推してくれるというカタチになりました。なもんで、蒲田温泉からギャラは出てないです。なんだけど、置いてもらったCDに、全部、100%バック。協力はしてもらってます。それはでも、意外と売れてます。常連さんにも売ってくれてるみたいで。今のところ、先行発売で。
サトシン
音楽活動を始めたきっかけは?
バクザン
Mr.チルドレンが好きで、それを見て自分でも始めようと思ったのがそもそものきっかけだったんですけども。それは…7年前くらいですかね。それでやってたら、「あんたそれ、物真似だよね」って言われて、カチンときて、「オリジナルやってやるよ」ってことで、オリジナルをやり始めた感じです。それで歌い始めました。それでやり始めて、「オリジナルって何だろう?」、歌ってたけど、自分のことばっか歌ってると、みんな興味ないから、じゃ、他の人も絡めていったらどうだ?とやり始めたのがこの「蒲田温泉」です。それまではバンド組んだり、ピアノと2人でやったりもしてたんですけど、なんかやりながらどうも首かしげるような。自分でも疑問に思ってて、スッキリいかなかったんですよ。で、「蒲田温泉」は恥ずかしながら歌ったら、反応がすごい良くて、「じゃ、蒲田温泉行ってみたい」ってなって、蒲田温泉もオイシイし、曲も人気あってオレもオイシイし、ということでカタチにしたってとこですね。これは他の人とコラボするとイケるんじゃないかということに気づいて、勝手に自分の好きなことでいいからテーマソングをつくってみようということで始めました。
サトシン
「蒲田温泉」はPVもつくってるんですよね?
バクザン
そうなんです。Youtubeでも観られます。つくってくれたのが、松本卓也監督。
サトシン
松本監督とはどういう縁なんでしょう?
バクザン
西輪キングっていう新潟のミュージシャンがいるんですけど、その西輪キングつながりですね。西輪キングと僕が友だちで、紹介してもらったってのがきっかけです。で、今に至ると。
サトシン
で、なんで粟島に?
バクザン
今度は粟島を制覇しようと思いまして、「乙姫の湯」という歌をつくったので、今度はそれを売り出して、粟島の美味しい海の幸と温泉を売り出して、いっぱい、こう、お客さんが来てくれればいいなと思っています。そんなこともありまして、粟島に来たワケです。「蒲田温泉」も「乙姫の湯」も、頼まれたワケじゃなくて、自分から、愛を込めてやってます!こういう活動を通して、いろんな人と知り合えればまずはそれでいいかなと。そんなところから音楽活動も幅を広げていけたらと思ってます!そんな感じで。
(2009.5.2粟島浦村総合庁舎2階「島開きスタッフ宴会」にて)

バクザンHP
http://bakuzan.net/

2007年8月27日 (月)

流れ流れて粟島を撮影する離島監督 松本卓也さん

【NAMARA-YA 5ミニッツインタビュー(番外編)】
今回も番外編。NAMARA-YAではなく、新潟市でもありません。新潟の離島、粟島の、粟島浦村総合庁舎2階に設営された、粟島映画「松本組」の撮影合宿ベース。粟島映画第3弾クランクイン3日目の撮影を終えた晩の宴会で松本卓也監督を捕まえ、インタビューを敢行してみました。かなりいい感じに酔っ払ってるけどダイジョブか!?

Matumoto1

サトシン
お名前、自己紹介をどうぞ。
松本
どうもこんにちは~松本卓也で~す。ま、松本卓也なんですけどね~・・・
サトシン
ラジオのトーク番組じゃないですからね。
松本
ああそっか、すんません。まあまあ、改めまして~松本卓也ですけれども、ま~僕、松本卓也はですね、新潟県の粟島という離島で映画を撮っていて、で、この度、サトシンさんにもこういう企画の機会をいただいているという松本卓也でございます。ま、松本卓也はですね、基本的にお笑いをずっとやってたんですけれども、松本卓也としては10年間お笑いコンビを組んでまして、その当時からまあ、NAMARAさんも今年10周年ですけれども、NAMARAさんが始めて1年くらいの時から松本卓也、知り合いになりまして、で、ずっとNAMARAさんとも、全国のお笑いインディーズの仲間ということで、代表の江口さんにも松本卓也、貧乏なんでよくメシを食わせていただいて、江口さんとは9年目のつきあいということになります。お笑いの方をずーとやってて、趣味で映画も撮ってたんですけれども、まあ、これがいつの間にか逆転しまして、今じゃ映画の方がメインとなってる感じなわけです。
サトシン
昔から映画は撮ってたと。
松本
ええ、昔から趣味で映画を。で、なんで映画を本格的に始めたかというと、お笑いコンビを解散して、ま~その、相方にフラれたんで、じゃあもう趣味でやってた映画に縋ろうかなと。そういうことで始めて、今年で6年目ということです。
サトシン
仕事と趣味が途中で逆転しちゃったと。
松本
そういうことですね。今では、新潟に映画を撮りに来たり、上映しに来たりする度に、なぜか気づいたら古町のモールで営業をさせられたりとかですね、そういった松本卓也なんですけども。まあそういうことで、粟島の映画も、今回が3回目ということで、撮りに来まして、毎年夏に撮りに来てるんですけれども、実はこれ、3回目と銘打ってるんですけれども、実は4回目と言いますか、今のやつの前に、2.5回目というやつがあるんですね。前回、ゴールデンウィーク中に短編を撮ったので。中篇でいうと3本目。短編も合わせると4本目ということになっています。そういう松本卓也なんですけどね。
今回、粟島映画はですね、なんと新潟日報さんにも載せていただきまして、なんとかいろんな方々から協力していただけるような映画になりまして、ま、まだ今ねえ、3日目ですね、3晩目なわけです。でもまあ、こんな大人数でやるのは初めてという松本卓也なんですけれども、ただ松本卓也としては、非常にまあ・・・今日は名前だけでも覚えてもらいたいと思っている松本卓也なんですけれども、「シネマ健康会」という集団の代表をやっている松本卓也なんです。東京都内でやってる団体なんですけども、ま、粟島映画以外でも、最近は、「離島監督」という感じで松本卓也はやってるんで、最近はたとえば愛知県にある渡鹿野(ワタカノ)島という、こちら、島ごと風俗が産業というところで、そこで7年に1回お祭りをやっていると。そういうところにも映画を撮りに行ったりですね、ま、風俗関係なく、きれいなお祭りをやってたりもするんですけれども。また一方では、伊是名島という、あまり知られていないような島に行ってロケしたり。粟島も3回目だったりですね、「離島監督」ということで松本卓也はこれからもやっていこうかなと思ってるわけです。
サトシン
離島にこだわってるわけですね。そんな中、粟島にというのはなぜ?
松本
それは松本卓也がNAMARAの江口代表と知り合って9年ということで、松本卓也が映画に転向してからも、江口さんから「それじゃぜひ新潟で撮らねえか?」と、言っていただいて、それでまあ今回、今回というか、3年前ですね、「じゃあ佐渡で映画撮ろうよ」って言っていただいて、で、ロケハンに行こうということで江口さんんと待ち合わせをして、待ち合わせをしたその日に、「佐渡はよく行ってるから、今日は新潟の人でもなかなか行かない粟島という島があるから、島開きやってっから行こう」と。で、当日急遽粟島に行きまして、そしたら松本卓也、2時間後には江口さんとですね、島開きの舞台上で司会やってまして。意味がわかんないですよ、初めて行った島ですぐ司会やって、その晩飲んでまして。気づいたら2ヵ月後の夏にですね、第1弾の粟島映画を撮りに来たと。そして今回でなんと3回目になったと。で、ずーっと続いている粟島の魅力というのはですね、自然、魚、いろいろあるんですけれども、一番はもう、一番最初に知り合った「人」なんですよね。よく聞かれるんですけど、やっぱり島の魅力ってのは、イコール、会った「人」なんですよね。島に住んでる人たち、接点のある人たちが非常に素晴らしいので、まっとうな人間じゃない僕としては浄化されに来るというか、更生させてもらいにくるというか、いい人たちのエキスをいただいていこうかなと思っているわけです。
サトシン
今回はクランクイン3日目、これからって感じですけど。
松本
ですね。これからなんですけど、結構撮ってはいるんですけれども、それこそサトシンさんにも非常に重要な役で出ていただいてるんですけれども、ま~ちょっとねえ、ゆっくりゆっくり撮ってるんで、3弾目にもなるともう、こだわりになっちゃうんで、相当なこだわりで今やっておりまして、松本卓也としては、こだわりもいいんですが、期間の問題もありますんで、これからもっともっとこだわりながら、このクォリティのまま、もっとテンポよく撮りたいなと思ってるところです。
サトシン
今回ならではの見所は?
松本
作風として、前回2本はちょっとコメディ要素もあったりしたんですが、今回は打って変わってズシリと重いシリアスな感じになろうかと思います。
サトシン
今までの粟島映画の紹介をざくっとお願いします。
松本
1本目はインターネット自殺を題材にした粟島映画でして、インターネットで自殺を予告したやつがやってきて、周りにお笑い芸人の人たちがいたりして、そういう人たちが止めに行くと。でまあ、やんややんややりながら、内容はシリアスなんですけど、どこかちょっとコメディ要素があるみたいな、そんな映画です。
で、2本目は、無くしたものが必ず見つかる島、ナイランドと。要は、現代人、いろんな無くしものをしているんで、有形無形いろいろ、記憶を無くした人や、音楽を無くした人、鍵を無くした人など、いろいろな人たちがその島に勝手にやって来ちゃうと。で、島のどこかに無くしたものが必ずあって、それを見つけられた時点で帰る事が出来るというファンタジーですね。
サトシン
1本目、2本目とそれぞれにテーマがあるわけですね。3本目は?
松本
3本目はズバリ、「前向きに逃げろ」と。「逃げる」というとどうも後ろ向きなんですけど、でも、しゃあないですよ、人間、逃げなきゃならない時はいくらでもあるわけで。逃げる方向が前向きだったらいいなということで、非常に抽象的で矛盾してるんですけれども、矛盾した部分の答えが見つけられたらなと、自分でも思いながら撮ってるんですけれども。そういった、ズシリと来るような濃厚なものになってます。
で、3本中、今回が一番粟島の魅力も入ってると思ってます。
サトシン
それはどういうところで?
松本
やっぱり、1本目、2本目は、島の外から来て粟島の魅力を語ったって、はっきり言ってウソくさいですし、勉強してもつけ刃でしたし。それでも、これまでロケハン入れて6回粟島に来てまして、やっと粟島のことがちょっとだけ理解できるようになってきたっていう実感が持ててきた感じなんです。そんなことで、やっと粟島のことをちょっと断片的に描いていってもいいのかなという感じになってきたところなんです。粟島でのリアルなお話を自分の中で初めて描けたような、そんな作品になると思います。
サトシン
粟島との距離感、スタンスが違ってきたってことですね。
松本
そうですね。松本卓也としては、距離感は未だあるんですが、中に入って見つめる視点を持てるようになってきたということじゃないでしょうか。この映画も、いろんな映画祭にぜひぜひ出展して行こうかなと思っていますけど。どうですか、よく出演されてる役者の皆さん。
川島田
えー私・・・私、松本監督の映画に出演させていただいている川島田ユミヲという者なんですけども、私は松本粟島作品の全部に出演させてもらってるんですけれども、なんですかね。粟島の魅力と松本監督がやろうとしてる映画の作風の魅力と、両方ともが好きですね。私も、さっき松本監督が言ってたように、粟島のことは全然知らないから、もっともっと島を堪能したいっていうのと、監督自体が次にどういうものを持ってくるのかというのがわからないのが楽しいっていうのとがあって、毎年行きたいなと思って参加し続けている感じなんです。今回の作品のテーマってのは、今初めて聞いて知ったんですけど(笑)、「前向きに逃げろ」ってのはすごい、いいテーマだなあと思いました。去年の「ナイランド」も、本を読んだ上でテーマを聞いて、「あ~そういうテーマだったんだ!」って感じで。人間のなんか、すごいディープな部分を本に描いたりしてるところが、すごい好きなので。粟島と同時に、そういう松本監督のテーマを堪能できるのがうれしいですね。
衣畑
あっ、僕も・・・衣畑裕司と申します。僕は1本目出てないんですけども、2本目に出て。でも1本目も見てまして、1本目はその、少し自殺というテーマが重くて。2本目は粟島なんだけど、「無くし島」って別の島の設定になってて。でまあ、今回、3本目は監督がさっき言ったみたいに、島のことを、わかりやすいんだけど、わっぱ煮だとか、そういうものが素直に出せてる。最初の時はそういうのが多分出せなかったんだと思うんですよね。だけど、そういうものを出して、少しでも島の人のことをわかってもらおうとしてる。前ほど島の人は出てないとは思うんだけど、だけど島のことが本にかなり反映されてるというか、よくわかって出しやすくなってるのかなというのは感じますね。ある意味、そういう視点で成り立ってるから面白いんだと思います。
サトシン
じゃあ監督、最後に言いたいことを。
松本
最後に言いたいのは松本卓也だってことですけど。「シネマ健康会」の松本卓也だってことですけど。とにかくもうね、つくってなきゃ監督でも何でもないわけで、つくらなきゃしゃあないな!と。監督ってのは、できあがったものが全てで、それで判断してもらうしかないんで、それはスタッフの人、キャストの人、お客様も、結局、自分がつくり上げたものが全ての判断基準なんで、ぜひ目で確かめていただいて、それでまあ、バッサリ斬るなりしてもいいですし。でもちょっとでも応援してやるかなとでも思っていただけたらうれしいかなと。
サトシン
つくったからには観てもらわないとですね。
松本
ぜひ!観ていただいて。でもこのトークを読んで「観たくないな」と思う人は過半数いると思うんで、そういう人には一言、「僕は松本卓也だ」と、それだけでも覚えてもらいたいなと思います。
それと今、状況的にはですね、撮影3日目の晩で、宴会をしながら録音してるということだけは重々理解していただきたいと思う松本卓也でした。ありがとうございました!
(2007.8.23粟島浦村総合庁舎内粟島映画「松本組」撮影合宿ベースにて)

シネマ健康会
http://matsumoto-movie.hp.infoseek.co.jp/

Matumoto2

松本映画常連の川島田ユミヲさん(左)、衣畑裕司さん(右)と。

2007年7月21日 (土)

流木に命を吹き込む流木みたいな人 さいとうようこさん

【NAMARA-YA 5ミニッツインタビュー(番外編)】
今回は番外編。NAMARA-YAではなく、羊画廊に、個展を開催中のさいとうようこさんを訪ねました。さいとうようこさんは、新潟で活躍している流木造形作家。優しげでいてユーモラスな独特の造形に面白さを感じ、絵本の企画でご一緒している(絵本企画のひとつが1社に引っかかっています。どうなりますことやら)方。さいとう作品、ホント、味があっていいのよ!

Saitouyouko

サトシン
お名前、自己紹介をどうぞ。
さいとう
さいとうようこです。流木を使って、オブジェをつくり始めて、10年くらいになるんですけど(笑)。10年ほどやってます。流木造形作家です。
もともと、絵を描いたりしてたんですけど、あんまり・・・紙とか・・・そういう、材料で自分にピッタリくるものに巡り逢えなくて。で、流木をやり始めてから、「相性がいいな」ってのを感じて、現在に至ってるんですが。
サトシン
流木との出会いのきっかけは?
さいとう
えー、それはですね、海に遊びに行って、転がってる流木を見てっていうところからですね、へへ。たまたま海に行ったら、イヌっこいやつがいたんで(笑)。
サトシン
今日、ここ、羊画廊さんで「さいとうようこ展」をやってますが、見どころは?
さいとう
ん~、今回はですね、どこかの島にいそうなヤツらなんですけど、あえて動物の名前とかは出さないで、イメージしてもらうということでやってます。タイトルには・・・たとえば、カエルっぽくてもカエルとは出さないで・・・
サトシン
「ワニ」はタイトルでありましたよ。
さいとう
あっ!そうですね!ワニはいましたね。あ~(笑)。
サトシン
でも、今回は動物ばかりでもないんですよね。
さいとう
そうそう、人間とか、踊る人とか、怒る人とかも、いろいろ。
サトシン
今までのさいとう作品ともまた違ったトーンに見えるんですけど。
さいとう
そうですね。ちょっとずつ、変えて、やってるんです。自分も飽きないように、そして、観る人も飽きないように。でも、流木という素材にはこだわりつつ。
サトシン
流木の面白さって、どのへんですか?
さいとう
やっぱり、自然がつくった形が、人工的にはつくれないものがあると思うので。それを生かしながら、流木そのまんまじゃなくて、いかに自分の造形にしていくかっていうところが・・・目指すところかなあ?
サトシン
さじ加減が難しそうってところ、ありそうですよね。
さいとう
そうなんです。やりすぎず、やらなさすぎずというね。
サトシン
そのへん、今回はどうでした?
さいとう
個展開催中に、お客さんの反応とかを見ながら自分でわかってきたりするところが大きいんで、まだ初日なので、えへへへ。
サトシン
今回の自信作は?
さいとう
う~ん・・・DMに載せた、顔のオブジェがあるんですけど、あれは好きかなあ。それと、チビシリーズも気に入ってますねえ。
サトシン
今回は前回よりも「素材を生かした」感がありますけど。
さいとう
そうですね。そうかも。前回はどっちかというと、つくりたい動物に合わせて流木を選ぶって感じだったんですけど、今回は、流木を選んでから、それに合わせてつくるっていうことをしてたからかなあ。つくり方のステップの順番が違うんです。いろいろやってみているのです。へへへ。
サトシン
で、これが終わるとまたこのやり方にも飽きたり。
さいとう
そうそう。飽きて、あっちにいったり、こっちにいったり。
サトシン
個展って年にどのくらいやってるんでしょう?
さいとう
ここ数年は、年に2、3回ですね。その合間にグループ展とか、ちょこちょこ。やってるのは新潟と・・・東京ですね。あ、去年は大阪でもやりました。新潟だと、固定のお客さんもちょっとずつ来てくださっているんですけど、県外は・・・これから・・・まだまだですね。
サトシン
最近、新聞に出たり、ケーブルテレビに出演したりしてますよね。
さいとう
はあ、はあ、まあ(笑)。ちょっとずつ、造形作家として知っていただけるようにもなってきてはいるのかなと、そんな状況です。
サトシン
これからのさいとうようこは、どうしていきましょうか?
さいとう
どうしましょうか。絵本はなんとか、カタチにしたいですよね。ぜひともそっちの世界に足を踏み入れたいんですが。元々、絵本好きなんですよね。絵本の勉強もしてましたし。流木オブジェの作家として絵本に関われたら、自分としてはすごいうれしいですね。
サトシン
他はやりたいことあります?
さいとう
ん~、ん~、あんまり。先のことってあんまり見えてなくて、目の前のことでいっぱいなんです。とりあえず作品をいっぱいつくりたいとか、そういうのが、さしあたっての目標になりますねえ。
サトシン
つくってる時は純粋に楽しいわけ?
さいとう
うん!へへへへ(笑)。大変な時もありますけどね、楽しいですね。(流木を)拾ってる時もね。あ、何をつくろうかって、考えてる時も楽しいです。
(2007.7.19 羊画廊にて)

さいとうようこさんHP「ぽてぽてぽ」
http://www10.ocn.ne.jp/~po-te-po/

「さいとうようこ展―暑くて熱い島々の―」7月19日(木)~24日(火)
平日11:00~6:30 日曜5:00まで 最終日4:00まで
羊画廊 新潟市中央区古町通8番町

2007年7月20日 (金)

似顔絵に笑顔を、そしてその人を笑顔に やまだみつるさん

【NAMARA-YA 5ミニッツインタビュー】
やまださんは、かなり前から知ってました。経緯は忘れちゃったけど、かなり前からネッ友さんでしたし、いろんなところで活躍は聞いてました。が、会うのはこれが初めて。いろんな人から「ルックス的に似てるよ」「同じ方向だよねえ」なんてことを言われていたのですが・・・実際見てみたら、ハンチングにメガネにヒゲにアロハ!やぁ~まだぁ~!そういやオレ、レンタルビデオ屋さんで「似顔絵の方ですよね」なんてことを言われたこともあったのです。ちきしょー。

Yamada_1

サトシン
それでは、自己紹介からどうぞ。
やまだ
やまだみつると申します。
似顔絵を12年、新潟という土地でやってます。自分でも「何で続いてんのかな~?」って思いながらもやれてるっていうのは、多分、これが生きがいなのかなって気がしますね。もしかすると、やりたいことなのかもしれないけど、与えられたものなのかなって思うと、じゃあそれは一体、どこに向かうのかな?やりがいだとか、何かを感じたいんですね。それで、一体これから、何が目の前で起きてくるのか?何だかわからないものが向かってきてるぞって感覚は、何かあるんですよ。で、何だかわかんないところに自分も向かってるぞって感じもあるんです。
サトシン
ん?混沌として難しい状況なんですか?
やまだ
んー、難しくも何ともないんですけど、だんだん自分のやってることが一人歩きしてるって気がするんですね。
サトシン
似顔絵をやり始めてからの心境の変化?が、あるわけですか?
やまだ
ええ、心境はどんどん変化してますね。最初は、わかってもらいたいから、目に見えないボールをいっぱい投げていたんですね。で、キャッチしてくれた人たちに「ありがとう、ありがとう」って言って、一生懸命描いて、しかもちょっと、「オレの絵はどうだ!」って見せつけていた部分がありましたね。それがだんだん、「投げてたのに、なんでこうやってお客さんが来てくれるんだろう?」って思うと、(似顔絵を描いてもらうということは)どうやら家族という中での愛情表現のひとつなんですね、お客さんとしては。「かわいいこどもを描いてください」「こどもが誕生日なんで描いてください」って、すごくさり気ないことなんだけど、愛情表現の証を残したいから、似顔絵ってのがあるんだなって思ったんです。何年か描いていくうちに、教えてもらったんです。そうすると、僕は今までボールを投げていたんだけれど、受身に変わったんですよ。「その方々の愛情表現のために僕は頑張ろう」って具合に。
サトシン
それ、いつ頃から?
やまだ
2年前くらいからですかね。わりと最近です。デッキィで似顔絵を描くようになって5年目なんですけど、3年くらいは自分から投げかけてばかりでして、5000人達成した時に変化があったんですね。だんだんとそんな感覚が芽生えてきまして、第3者的に自分を見る余裕も出てきたんです。だから、さっきの話で、「これは与えられたものなのかな?」って。自分が選んでやってるわりには、与えられたものなのかなと思うと、「じゃあ、何のために与えられたのかな?」って、どんどん考えるわけです。それがまた面白いですね。
サトシン
考えつつ、描いてる、と。
やまだ
ええ。似顔絵っていう世界はですね、メソポタミア文明とか、ずっと昔からあるんです。エジプトの壁画もそうですけど、何かを遺したいから描かれてきたと思うんですね。人間、昔からそういう感覚、欲求があって、文明と共に写真ができたり、映像ができたりしてきたと。でも、人間の手で描いて、それを遺そうという意識は、どうやらボヤッとしながらもずっと残ってる。歌麿の絵があったり、写楽の絵があったり。あれも当時は遺そうとは思ってなかったかもしれないけど、現実には遺ってるじゃないですか。そういうような、血のようなものを(自分には)与えられたのかな、と思うんです。あっ、何言ってるかわかんねえ!はははははっ!(笑)
サトシン
酒、けっこう入ってます?
やまだ
いえ、ウーロン茶です、これ。
サトシン
似顔絵を描き続けることの面白さってどのへんでしょう?
やまだ
今日も、あるところで15人ほど似顔絵を描いてたんです。ある企業の従業員の皆さんを描くということだったので、首から下は全部スーツ着て同じなんです。で、これね、描くのは苦痛でした。でも、顔だけは苦痛じゃないんです。毎回ね、ホント、毎回違うもの、新しいことを描いてるって感覚で。毎回その人の熱とか温度とかを感じながら描いてるわけなんで。世の中っていうのは、こうするとこうなる、こっちに行くとこうなるって、答えを求めているようなところがありますけど、答えではなくて、感じるものがありゃいいんだと。感じることがすごく大事で、大事なのは答えではないんですよね。もうひとつは、顔っていうのは、昨日の顔と今日の顔は違うんです。そんな、変化のあるものを捉えているっていう面白さはありますね。
サトシン
その顔は今しかないんだ!と。
やまだ
そうなんですよ。それを僕が自分なりに捉えて、その捉えたものがイメージとしてずっと残るっていうところに技術力があるわけで。僕の中にもいろいろ葛藤はあるんですけど、描かれてる人たちにも、「オレはこうだと思ってるけど、周りから見たらこうなのかな」とか、自分の中で葛藤がある。でも、人間関係って、実はそうなんじゃないかな。答えを求めるだけではなくて、変化してるってことが、そんなに不安じゃないよと。
サトシン
描く対象として、人の顔というものが面白いってことですね。「お客さんがいて描く」ということが面白いってこともあるのかな、やまださんにとって。
やまだ
そうなんです。あとですね、肖像画と似顔絵って、違うんです。肖像画ってのは、その人とウリ2つ、写真のように描くもの。その人を忠実に描くもの。似顔絵ってのは・・・人間って、完璧な存在じゃないってことを大前提とすると、顔っていうのはすべての欠点が表れるんですね。でも、その欠点こそが魅力だと僕は思ってるんです。で、その魅力を描いてるわけです。それが似顔絵。似顔絵を描くってのは、ニックネームをつけてあげてるみたいなことですね。そのイタズラ心が面白いんですよね。ニックネームで呼ばれた方も、馬ヅラの人に「馬」って言ったら怒りますけど、「ロバくん」って言ったら許せるみたいな。そのへんのギリギリのところが面白いんですね。
サトシン
そのへんが、プロとしての腕の見せどころですね。描いてて面白いエピソード、あります?
やまだ
えーとね、初対面なのに、描いてて「頭の中に降りてくる」って感覚になることがあるんです。で、降りてくると、サーッ!っていけちゃうんです。神がかった感じ。こっちからいじってやろうって意識はまったくないんですよ。サーッ!っと入ってきて、出来上がりが(いつもの)僕を超えてるんです。手がサーッ!と動いてる時は、「出来上がりはこりゃもう、間違いないな」って思っちゃう。そんな時があります。
サトシン
「似顔絵ハイ」みたいなもんかな。
やまだ
「ランナーズ・ハイ」みたいなね!はい。めったにはないんですけど、そういう瞬間は嬉しいですね。何でそうなるんだろう?人間同士の波長なのか、何なのか・・・?あと、エピソードとしては・・・僕も描き手としては、いろんなものを背負ってる人間なので、悩んだり苦しんだりってこともあるんです。でもお客さんにはそれは絶対見せられないし、そういうことを引きずって接していてはいい絵は描けないんで、なんとか平常心を保とうと努力はしてるんです。そんな中でも、どうしても波があるんですね。で、ちょっとブルー入ってる時に、お父さんに連れられて車椅子の女の子が来たことがあったんです。小学4年生の子だったんですけど、見たら、片足ないんです。で、お父さんが「似顔絵お願いします」って言ったんですが、疲れて寝ちゃってるんです、その場で。で、その子は、満面の笑みで僕を見るんです。もう、ずーっと笑顔なんです。その子は生まれつきどうやら片足で、内臓もうまく機能してなくて、入退院を繰り返してるんです。自分の中で意識が生まれた瞬間から、周りの人たちと私は違うんだと思って生きてきた子なんです。それって、そうとう辛いと思うんです。「みんなが走ってるのに、私だけ走れない。なんでこの世に生まれたの?」って、小さいながらも葛藤はあったと思うんです。「その子が満面の笑みで目の前にいるのに、五体満足な僕が何を悩んでいるんだ」と、描きながら思ったわけです。笑顔こそパワーだな、と気づいたんですね。その時に、僕が描かなきゃいけないのは、「笑顔」なんだろうな、と思ったわけです。描いた笑顔で、もしかすると、描かれた人が今よりも元気になってくれて、今よりも自分のことを認めるようになってくれたら嬉しいな、と思ったわけです。
サトシン
似顔絵を通して、笑顔で元気を与えるんですね。
やまだ
ええ。笑顔というのは循環しているというのが持論なんですけど、自分が笑顔になりたいんだったら、目の前の人を笑顔にしてあげないとって思うんです。もっともっといろんな人たちを笑顔にしてあげられると、それが順繰り順繰りにまわって自分に帰ってきて、自分も嬉しくなり、楽しくなる。みんなが楽しくなって、自分も楽しくなる。こんなありがたいことはないなと思うんです。
(2007.7.12 NAMARA-YAにて)

やまだみつるの似顔絵展
http://www.geocities.jp/yamamitu39/www/
やまだみつるのブログ
http://blog.goo.ne.jp/mitsuru-yamada

2007年7月15日 (日)

妖怪さんと良寛さんの2本立てでこれからも 高橋郁丸さん

【NAMARA-YA 5ミニッツインタビュー】
郁丸さんは、高校のイッコ上の先輩。新潟の民俗学に造詣が深く、マンガも描いてる人、ということで、むかーし一度、某パンフの仕事で取材させていただいたことがあったのでした。いやまあ、その時はディレクションだけで、実際の取材・執筆は他のライターさんにお願いしたんですけど。その後、NAMARAさんを通して仲良くさせていただくことになり、本当に面白い人だとわかったのでした。であれば、話を聞いてみるでしょ!今回は他人に任せず、サトシン自らインタビューです。

Ikumaru

サトシン
お名前、自己紹介をどうぞ。
郁丸
高橋郁丸です。
私は新潟県民俗学会という会に所属していまして、新潟の民俗を研究してたんですね。民俗というのは、伝説とか、昔話とか、妖怪とか、みんな含まれるんですけれども、垣間見える昔の人の生活というものに、非常に興味があったんですね。歴史っていうと、権力者の歴史の積み重ねって感じがするんですけど、民俗っていうのは、本当に庶民の生活を知るためのものだっていうふうに思っていまして、で、ずっと勉強してたんですね。
で、最近なんですが、研究だけじゃ役に立たないんじゃないかなと、そういう疑問を感じるようになってきたんですよ。ただ、研究、研究で、研究の調査報告だけ書いていても、一般の人の目には触れないじゃないですか。せっかく面白いものを調べても、人の目に触れなければ、そのまま葬られてしまうみたいな感じになるので、ぜひとも多くの人に新潟の民俗の魅力を伝えたいということで、それで、マンガを描いたりとか、民俗の面白いところを抽出して妖怪の話を書いたりとかしてるわけなんですよ。
で、民俗だけに留まらず、新潟の魅力でいえば良寛さまですとかね・・・
サトシン
おおお、来た!
郁丸
ふふふ。良寛さまは、名前は有名でも、どういう生活をしていたかとか、知らない人が多いと思うんですよ。で、雰囲気だけでいいっていう人もいるんですけれども、雰囲気だけでいいってことでずっとやっていると、良寛さまがものすごい、ひっくり返されちゃうんですよ、人格的に。すごく偉大な方なのに、晩年に貞心尼という女性がいたというだけで、それだけがもう抽出されて、「若い女の人といちゃいちゃしてたお坊さん」ってことになったり。そういう変なのも出てきているので、それはいけないと思ってるんです。ちゃんとしたところは、ちゃんと伝えたいんです。
サトシン
正しい人物像を伝えたいってことですね。
郁丸
ええ、ええ。だから、私はマンガを描く時は、きっちり調べて、つっこまれてもちゃんと説明できるようにやっているんですね。そういうことで、良寛さまの正しい姿を伝えていきたいなと思っているわけですよ。だから、私、最近、講座なんかを頼まれると、良寛講座か妖怪講座をやってるんですけれども。
サトシン
2本柱!
郁丸
2本柱なんです。今のところ、そうなんです。この2つはすごく需要が多いんですよ。需要っていったら変なんですけどね。そのほかにも、お祭りですとか、民謡ですとか、芸能関係好きなので、そういう講座も頼まれればできるんですけれども、その2つの需要が多いので、「妖怪と良寛さん」って感じになってるんです。両極端な感じもするんですけれども、私にしてみたら、新潟の魅力を伝える上で、民俗を抽出すると、なぜか妖怪が魅力的だったようで、だから、妖怪。良寛さまは、全国的にもやっぱり有名なんですよね。で、心の癒しですとか、そういうものを求めて良寛さまに逢いに来る県外の方もたくさんいらっしゃるので、正しい姿というのを大切にしつつ、「良寛さまがどういうことを私たちに伝えようとしていたのか」ということを書いたり喋ったりしていきたいなあと、思っているところです。
サトシン
良寛さまのよさって、どのへんなんでしょう?
郁丸
えーとですね、本当は禅宗のお坊さんとして、禅の教えを一般の人に説いてるわけなんですよ。ただその教え方が、難しいお経を読むんではなくて、難しい教義を話すんでもなくて、生活の中から伝えているんですよ。それが、こどもたちと遊ぶことであったり、女性たち、尼さんとか、おかみさんたちとか、そういう人たちとも身近につきあって、笑いがおきたり、優しい気持ちをおこさせたりする、そういうところが偉かったと思うんですよね。
サトシン
作品的にも優れたものを遺してるんですよね。
郁丸
ええ、良寛さまの書ですね。禅宗のお坊さんっていうのは・・・、書がいいんですよ(笑)。禅画っていって、禅宗のお坊さんの絵っていうのは、それを見ているだけで心にグッとくるものがあるんですけれども、良寛さまの書っていうのは、絵にも通じるものがあると思うんですよね。見ていて、何かを感じるっていうのが大きい気がします。
サトシン
郁丸さんの今後は?
郁丸
今までのように、頼まれれば公民館でそういう講座を・・・布教活動みたいなもんですよ、講座と言いながら。それは続けていきたいです。あと、マンガや執筆。
サトシン
郁丸さん自体が妖怪のファンであり、良寛さんのファンであるって感じなんですかね?
郁丸
そうです、そうです!もう大好きで、そして情熱がなければやっていけません。だからこそ、人に広めてもいきたいんですね。あと、疑問に思った時には現地に行って、自分で見て、話を聞いて、ってのが一番なんですね。20代、30代はずっと現地まわり、現地まわりだったんですが、今はそういうのちょっとストップしてたんです。でもやっぱり、これからは何か感じることがあったら現地に行って、また調査をしたいなと思っています。
サトシン
原点に返って、みたいな。
郁丸
そうですね。やっぱり、噂話だけだとガマンできないところがあって、自分の目で見て、現地の人の話を聞いて、確かめたいってところはありますね。
サトシン
妖怪と良寛さまはずっと追い求める魅力があるわけですね。
郁丸
ええ、魅力あるし、私にしてみれば、そういう拠り所があると、自分でも助けられる気持ちになることがあるんですよね。なもんで、ずっと追い求めます。
サトシン
最後に一言。
郁丸
えーと、なんだろう。話、聞いてください!呼んでください!仕事もくださ~い。そういう場がたくさんほしいです。
(2007.7.12 NAMARA-YAにて)

郁丸滄海拾珠
http://www.geocities.jp/fumimalu/
郁丸ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/fumimalu

2007年6月24日 (日)

聞き方を変えると生き方が変わる かとぽー塾長さん

【NAMARA缶詰カフェ 5ミニッツインタビュー】
6月22日のナマコラは、電気を消して暗~い中で行われてました。ナニコレ?実はこれ、夏至の日に「電気を消してスローな夜を」と2003年に始まった「100万人のキャンドルナイト」に賛同して開催の「ナマコラ+キャンドルナイト」とのこと。そんな活動の推進にも関わり、地球温暖化防止キャンペーン「TEAM GOGO!2007」の新潟県リーダーでもあるのが、かとぽー塾長こと、加藤寛明さんなのでした。中心人物ってわけね。で、どんな人?それではマイクを向けてみましょう。

Katopo

サトシン
では、自己紹介からお願いします。
かとぽー
かとぽー塾長、加藤寛明です。
えー、これからやっていきたいことは、「かとぽー塾長の聴き方トレーニング」という教室です。たとえば、コミュニケーションとかって、話したい人はいっぱいいるじゃないですか。でも聴き手がいないから、投げたボールを受け取ってくれる人がいないから、混乱してるってことがあるんじゃないでしょうか。親と子供とか、先生と子供とか、両方話を聴かない人たちで、自分のボールを投げるばっかり。「聴く」ということがどんなに楽しいかということを伝えていきたいんです。それを、説教するんじゃなくて、体験の中で、ゲームとかの中で、お互いが学んでいくような教室をつくりたいと思っています。
サトシン
教室、ですか。
かとぽー
はい。教室というか、1回こっきりのワークショップでもいいんですけど、でも、ちゃんとできるようになるためには、教室みたいな感じになると思うんですけど、聴く楽しさを知ってもらうだけで、全然オッケーなんで、そのためのいいプログラムをつくって、全国に「かとぽー塾長の聴き方トレーニング」として展開していきたいなあと。
サトシン
それ、どういうところでやるんですか?
かとぽー
えーと、どうでしょうねえ。いちばんあるのが、今、「TEAM GOGO」という、豪快な号外をやってる、ま、エコな新聞をつくることを今やってるんですけど、それはエコについての内容だけじゃなくて、我々の生き方を見直して、新しい価値観とかを提供していきましょうという感じでやってるんです。なんで、そこでできた全国の仲間の中で、みんなやっぱり、モノとか外側に問題の答えを求めがちなんですけど、実はその切り口というのは自分の中にあるんだということを伝えたい気持ちがあるんですよね。
サトシン
「TEAM GOGO」の仲間に向けて?「TEAM GOGO」についてもうちょっと詳しく教えてください。
かとぽー
「TEAM GOGO」は、全国3000万部のエコな内容の新聞をつくって、今日がそうなんですけど、6月22日に、豪快に号外を配りましょうというプロジェクトなんですね。温暖化も、すごいヤバいところに来ているので、現状はこうなっているんだということと、このままでは本当にどうなっちゃうんだろうということを伝えようと。で、ただ、絶望を感じるだけじゃなくて、みんなでちょっと動いたら、もしかしたらそれは変えられるんじゃないかということを、新聞の中で提案していく活動です。で、全国で3000万部、新潟で55万部という豪快な数の号外を配っていくわけです。ひとりじゃ配りきれないですから、本当にいろんな人にお願いをして、何千人もの仲間をつくって配っていくわけで、今本当にそれができつつある状態です。最初は数十人とかから始めたんですけど、今は多分千人くらいで配ってるんじゃないかと、そういう状態です。
サトシン
環境について、多くの人に気づいていただくための活動ということですね。
かとぽー
そういうことです。今ヤバくても、みんなで動いていけば、ちょっとでも変わるんじゃないかという思いでやっています。もしもみんなが電球を1個エコ電球に替えたら、原発が1個必要じゃなくなるとか、割り箸とか使って、中国が木を切って、砂漠になってるところを、自分でマイ箸を持って割り箸を使わないようにするだけで、森林が守れるとか。
サトシン
なるほど。その活動に参画したそもそものきっかけは?
かとぽー
もともと、三条に水害があった時に、ボランティア活動をしてる時にお世話になった人たちが、「僕たちは本当に温暖化を止めたい、未来のこどもたちに地球を残したい」という気持ちを持っていることを知りまして、その人たちがみんな、号外のプロジェクトに参加していたので、決心したというよりも、「これは自分のやる仕事だ」ということで、当たり前のようにやり始めたというのが、きっかけです。
サトシン
最初にお聞きした「聴き方トレーニング」というのは、どこから来たんですか?
かとぽー
それもやっぱり・・・結構、温暖化温暖化と言われてて、でまあ、生き方を変えればなんとかなるだろうと。マイ箸を持つとか、エコ電球に替えるとかも、ひとつの手なんですけど、人間がハッピーにならないと変わらないと思うんですよね。人間がハッピーになるためには、多分、人間関係にハッピーを感じると思うんですよ。僕とあなたのつながりとか、どれだけ親密な、深いコミュニケーションをつくれたかで、ハッピー度が変わるんじゃないかと。もしその、喋るだけじゃなくて、受ける能力がある人がいっぱいいたら、ハッピーが増えていって、辛い顔をしてストレス発散をする人もいなくなるんじゃないか。根本的な解決方法のひとつになるんではないかと思うんです。
サトシン
「TEAM GOGO」に参加して、その中で、環境以外にもコミュニケーションを大事に考え初めたってこと?
かとぽー
いや、逆です。コミュニケーションさえ直せば、人類はハッピーになるみたいなことしかなかったんですけど、そんなことも言ってられないと、環境の状況が。でまあ、このプロジェクトが今年の2月に出てきたので、それに乗ってしまったって感じですね。でもそれは、繋がりがあるんです。生き方を見直すということなんで、いろんな見直し方がある中で僕が提案するのはコミュニケーションを見直していきたいということなんです。
サトシン
これからの具体的な動きはありますか?
かとぽー
7月から、単発的なワークショップを新潟県の各地でやっていきたいと思っています。2時間のやつとか、半日くらい使ってやってくやつとか。で、面白いと思ってくれた人たちに対して、半年かける研究コースとか、3ヵ月くらいの基礎コースとかを提供していって、もっとお互いに深い学びをしてもらおうと。
サトシン
聴き方を変えれば、生き方が変わるんですね。
かとぽー
聴き方を変えれば、生き方が変わります。自分を変えるのって、ものすごい大変ですけど、人を変えるのって、もっと難しいじゃないですか。人を変えようとか、自然をコントロールしようとかする気持ちが、いろんな問題をつくり出しているわけで、コントロールしようとしてはいけないと思うんですよね。自分自身をコントロールしなければいけなくて、もし自分自身を変えるようないちばん簡単な方法があるとすれば、聴き方を変えることだと思うんです。
サトシン
自分から変えて行こうと。そのためのワークショップをやろうということですね。
かとぽー
小学校なんかでも、読む、書くは習いますし、話すことは社会人になっても習うと思いますけど、「聴く」ということは1回も学ぶことがないんですよね。そこが欠けてるんです。今でこそ、「聴くことが大事」と言われるようになってますけど、実際、「どう聴いたらいいのか?」ということを教えていないんですよね。ただ聴くということだけじゃなく、人が元気になる聴き方というのがありますので、それを教えていきたいなと思っているところなんです。
(2007.6.23 NAMARA缶詰カフェ オーサムにて)

スローコミュニケーションスクール
三条市西大崎1-13-10-5
TEL/FAX:0256-39-4858/090-4848-9954
E-mail:katopo@hananotane.net
URL:http://www.hananotane.net

かとぽー塾長の聴き方トレーニング
新潟教室:毎週火曜日、土曜日
場所:クロスパルにいがた(新潟市礎町通3-2064)
夜17:30~19:00(個人セッション)
夜19:30~21:00
三条教室:毎週月曜日、木曜日
場所:スローコミュニケーションスクール(三条市西大崎1-13-10-5)
昼15:00~16:30
夜19:30~21:00
参加費:月謝制(かとぽー塾、半日コース、個人セッションは含まれていません)
5000円/月(月2回以上で何回でも受講できます)

2007年6月 9日 (土)

新潟からプロアーティストを養成する男 斉木としやさん

【NAMARA缶詰カフェ 5ミニッツインタビュー】
「あ~っ、斉木さん!」お会いした第一声は、そんなんでした。代理店で「新潟文化祭2007」の打ち合わせがあり、フィナーレでこどもたちが歌い踊る「NIIGATA LOVE DANCE2007」の曲の作詞を依頼されたんですが、そのステージの演出ディレクターとして企画書に斉木さんのお名前があったわけ。打ち合わせ終了後参加した「ナマコラ」に、その斉木さんがヒョコッと現れ、あまりのタイムリーさにビックリしたのでした。

Saiki

サトシン
では、自己紹介からお願いします。
斉木
はい。斉木としやと申します。「ニイガタ・パフォーマンス・スクール」という学校を、ちょうど1年くらい前に立ち上げました。これは、将来、中央で、芸能界で活躍する歌手、ダンサー、俳優になりたいんであれば、新潟でも目指せるよ、ということでつくってみたんです。1周年ライブが6月10日にJANK BOX miniで行われます。なぜ、そういう学校を立ち上げたかといいますと、私自身、15年間、東京で、芸能界で、ミュージカルを中心に俳優業をやっておりました。ちょっと家の事情でそれが続けられなくなりまして、新潟に戻ってきまして、でもなんか役に立てないかなと、そういう部分で、自分がやってきたことをこどもたちに還元したいと。元気のいい、将来の夢を追いかけているこどもたちの、実力、レベルを上げてやりたいという思いもありまして。元々、私が東京から戻ってまず入った会社が、そういう、アイドル、タレント養成をやっていましたので・・・
サトシン
新潟で、ですか。
斉木
そうそう、「アップル・リトル・パフォーマーズ」ってところだったんですけど、そこで最初、先生として働き始めたので、「ああ、こういう仕事もアリだな」と。自分が表に出なくても、裏方でね、こどもたちを育てていって、夢を実現させていく力になれればな、というところで、そこで3年頑張ったんですが、残念ながら学校がなくなってしまいました。
サトシン
新潟に戻って3年ですか?
斉木
えーと、5年ですね。そこで3年やって、ブランクが1年あって、今の学校を立ち上げて1年ですから。
サトシン
ああ、なるほど。
斉木
で、育てた子たちが活躍してくれるのはもちろんですけれども、やはり新潟でそういう、芸能的な部分が盛んになればいいなと。で、あわよくば、ミュージカルの演出なんかもできたらいいなと。それが自分の夢でもあるわけです。
あとですね、NAMARAさんとかぶるんですが、今、学校教育で、現場でなかなかこう、こども同士のコミュニケーションがとれないとか、先生と生徒の関係が殺伐としてるとか、言われてますよね。そういったコミュニケーションの部分で、かなり演劇というのは役に立つのではないかと、そんなことも思っています。実際に、総合学習で小学校に呼ばれて、コミュニケーション授業とかも一昨年から始めています。NAMARAさんはお笑いを使って、僕は演劇的なツールを使って、こどもたちに対話能力をつけてもらい、人の気持ちがわかるようになるようなことを、演劇を使って授業をしているわけです。こどもは僕らの次の世代を担っていく宝物だと思っているので、今ギスギスした社会になっている、そんな大人の責任のツケを、ちょっとでも次の世代にまわさないで、いい社会になってほしいなという思いも含めて、微力ながらも役に立てればと思っています。
サトシン
今のこどもたちと接しての印象はどうです?
斉木
「昔と比べてこどもは変わってきた」ってよく言いますけど、僕は小中高まで関わって教えたりしてきていますけれども、そう変わってるとは思えないんですよね。物質的にも、情報的にも、僕らがこどもの時よりは格段に量が多くなったり、質がよくなったり、それによって生活レベルも高くなったりってことはありますが、喜怒哀楽とか、人間の本質は、お互い人間どうしということで分かり合えてもいるので。こどもが変わっているんではなくて、周りの大人がこどもの扱いをどうしたらいいのかと、勝手に困ってるみたいなところがあるのかなと思ってます。腹を割って、体当たりでつきあえば、何も怖いことはないって気がするんですよね。
サトシン
そのへん、オレも思います。基本的には変わってませんよね。
ところで、育てる側にまわっての成果はありました?
斉木
そうですねえ。僕が最初にアイドル的な括りでつくったユニットに「Negicco(ネギッコ)」ってのがありまして、彼女たちが頑張ってくれてるってのがひとつの成果でしょうね。
サトシン
それはどのへんから関わられてるんでしょう?
斉木
最初のオーディションの直後からです。全員が小中学生だった頃からですね。あれからもう4年くらい経ってますからね。最初の頃から、踊りや歌の指導をして、お客さんに対するサービスとか、見せ方の指導をしてきましたので、彼女たちが今も頑張っている姿を見ると、やってよかったなと思います。当然、これからの進路のこととか、今悩んではいますけどね。
サトシン
こどもたちと関わってて、印象的な出来事ってあります?
斉木
えーと、僕、めったに怒らないんですけど、自分の中でこれは人に見せちゃいけないだろうってレベルのことを平気でやられた時にね・・・
サトシン
どういうことですか?
斉木
1周年記念のライブ向けに、今日も演劇のレッスンをしたんですが、セリフが入っていない、間が悪すぎる、考えながらセリフを言っていると。それじゃダメ出しできるレベルじゃないだろうと。それは緊張感なさすぎなんじゃないの?と。それで君たちお客さんからお金をいただこうと思ってるの?と。そういう部分で今日ちょっと怒りましてですね、「やるかやらないか、自分たちで決めろ!」って言って、出てきちゃったんですね。そのあと、ま、15分くらいですかね。泣きながら(こどもたちが)、「やらせてください」「やります」って言ってきて、それでまた可愛くなっちゃうんですよ。その代わり、明後日のリハーサルまで出来てなかったらお前ら本当にやんねえぞと。見せられるもんにしてこいと。でもまあ、そういうところも喜びですかねえ。ちゃんとこっちでこう・・・
サトシン
「打てば響く」ってことですか。
斉木
そうですね。ここで「いいです、もうやりません、ムリです」って言われちゃうと、続かないですもん、こっちの気力が。
サトシン
「Negicco」以外のこどもやユニットも育ててるんですよね。
斉木
もちろん。アイドル的な括りですと、佐渡のおけさ柿の「カキッChu(カキッチュ)」ってのがいます。
サトシン
「カキッChu」!やっぱり名産つながりなんだ。
斉木
そうそう。そういうPRユニットがあるんですが、農協さんが今、バックアップしてくれてないので、出場所がないので、なんとか僕の方で出してあげたいなとか。せっかくつくったのに、練習もしてるのに、出場所がないんじゃ可哀相なんで、自分のスクールと一緒に出してあげるとか、出場所を紹介してあげるとかですね。あと、新曲を1曲、歌って踊るのを指導してあげようか、なんて話を最近してるところですね。
サトシン
他には?
斉木
あと、JA豊栄さんのトマトのPRユニットで「Vege☆Kiss(ベジキッス)」ってのが。
サトシン
やっぱり野菜関係だ。
斉木
はい。「Vege☆Kiss」が1年前にできまして、今トマトが最盛期なんで、ばんばん農協さん絡みのイベントに出てるところです。明日また指導に行くんですけどね。2人から3人に最近増えたので、新しい子に振り付けとかを教えに行くんです。
あとは高校で教えたり、小学校で総合学習で行ったり・・・あ、あと、中央高校のダンス部を率いていた外山先生が「シバタ・パフォーミングキッズ」っていう、ダンス・パフォーミング集団をつくったんですけど、そこにミュージカルを教えに行ったりとかもしています。
サトシン
いろいろやってますね。
斉木
あと、そうだ、10月に「新潟文化祭2007」というのがあるんでした。柳下容子さんがつくった「スタジオ・キャンドル」というスタジオの、ご意見番、バックアップっていうのかな、演出ディレクターという立場で、イベントの企画、構成、仕上げまで見るということやるんですが、そこでの最初に来た大きい仕事が、その「新潟文化祭2007」なんでした。関わるのは、その中の、こどもたちが創作芸能を上演する「NIIGATA LOVE DANCE2007」というステージですね。
サトシン
それ、オレが作詞するってことで、仕事としてご一緒するんですよね。
斉木
はい。よろしくお願いします。ま、そこがひとつの大きい山かなと思いますね。スタジオの先生方も出ていただいたり、こどもたちも含めて仕上げて、まずは成功させないと。それなりに注目度も高いわけですから。スタジオのためってことももちろんありますけど、「新潟の伝統文化と新しいものの融合」というのも僕は面白いと思っているので。
できれば、1回きりのイベントっていうことではなくて、そこでうねりができたら、毎年どこかで踊り継がれていくみたいな、そんなものになればいいなあとも思っています。
サトシン
言いたいことは言い切れました?
斉木
そうですねえ・・・あ、新潟に住んでるからには、大人の僕たちも新潟を楽しみたいじゃないですか。でも新潟を元気にするにはやっぱり、次の世代が元気がないと尻つぼみになってしまうので、大人がこどもの元気になる見本を示してあげたいってことも考えてます。そんな考えの大人が増えると、もっと未来が明るくなるぞ新潟!みたいなことですね。
サトシン
自分がまずそういう立場でありたいっていうことですね。
斉木
まさに。頑張りたいです。
(2007.6.5 NAMARA缶詰カフェ オーサムにて)

斉木としやさんブログ「ニイガタ・パフォーマンス・スクール」
http://blogs.yahoo.co.jp/niigataperformanceschool

2007年5月23日 (水)

インド舞踊が好きで好きで大好きで 岡村知子さん

【NAMARA缶詰カフェ 5ミニッツインタビュー】
クリクリッとした目が印象的な岡本知子さんは、インド古典舞踊家。1996年に初渡印して以来、インドで4年間に渡り研鑽を積み、現地公演でも高い評価を獲得。現在は新潟市を拠点に公演活動や踊りの紹介指導などを行っているとのこと。一般的には馴染みの薄いインド舞踊に、そもそもなんで興味を持ったのか?どこが魅力的なのか?そのへんのことを聞いてみました。

Okamura

サトシン
では、自己紹介からお願いします。
岡村
岡村知子です。「バラタナテイヤム」と呼ばれる南インドの古典舞踊をしています。4年くらいインドでこの踊りを勉強しまして、新潟に戻りましてからかれこれ7年くらい経ちますが、今現在は教えることと踊り手として踊ることを2本柱として、踊りの活動をしています。
サトシン
そもそもの踊りとの出会いは?
岡村
私が学生の頃なんですが、一人でインドを旅行した時にたまたま知り合って食事をご馳走してくれた方の家の小さな娘さんが「習っているから」と踊りを見せてくれたことが最初でした。衣装をつけてるわけでもないし、メイクをしているわけでもなく、子どもが音に合わせて動いてくれただけのものだったんですけど、それだけでも十分、すごく印象的でした。そのあとずーっと私の頭の中に踊りがありまして、私自信が踊りを習い始めたのはそれから3,4年経ち、社会人になってからなんですが、東京で、インドで学んで帰って来られた日本人の先生から習いまして、1年くらい習ったところで、どうしてもインドに行って習いたくなりまして、渡印しました。
サトシン
行動力すごいですね。それで?
岡村
最初は1年くらいの予定だったんですけど、1年でできることはたかが知れていたんですね。自分の中で区切りがつけられればと思いながら滞在しているうちに4年が過ぎまして、達成したとは思ってないんですけれど、なんとか最初の区切りはつけられたかなということで、一度インドから帰って来まして、その後は行ったり来たりしながらやってます。
サトシン
インド舞踊の魅力って何ですか?
岡村
私が感じているのは・・・私がむしろ言っちゃいけないことで、観た人が受けとめて感じるべきことなんですけど、インド舞踊はテーマがすごく深いので、「人はどのようにして生きるのか」とか、「宇宙の真理」とか、難しく言えばそういう宗教的なことなんですけど、簡単に言ってしまうならば、「いろんな降りかかる苦難をすべて受け入れて、苦難さえも感謝して生きましょう」ってことなんです。「生きることは辛いけれども、自分を取り巻くすべてのものに感謝をしてがんばって生きましょう」ということ。そのへんがこの踊りの言わんとしていることだと、そういうふうに自分は解釈して踊っています。
踊りにはストーリーがあったり、断片的に神様のエピソードを表すようなものもあるんですが、一人の女と一人の男のやりとりを描いたような踊りもあるんですね。その男が神様だったりもするんですが、そういったやりとりを通して、葛藤だとか、嫉妬だとか、愛情だとかを表面的に描きながら、実はそこで言っているのはもっと掘り下げて、まったく自分の欲とか執着とかを捨て去って帰依するということだったりするんです。踊りながら、それを自分がどのように解釈するかというところで、すごく難しいし、だからこそ面白いんですね。
サトシン
これからの活動を教えてください。
岡村
今は、生徒の育成を中心に活動しています。一番大事なのは踊りとその素晴らしさを知ってほしいってことなので、実際に習ってもらい、踊ってもらうということが中心なんです。それプラス、自分の踊りを観てもらうということを、併行でやっています。
今後の活動としては、6月9日、「ギャラリーカフェ悠」というところで、「インド舞踊の夕べatワインパーティー」というイベントをやります。9月3日には、まだ詳細は決まっていないんですが、新潟県民会館の小ホールで公演をすることになりました。そちらではきちんとしたステージがあって、照明も入りますので、よりよい環境で、よりよい踊りを観ていただくことができると思います。ぜひ観に来てほしいと思います。
サトシン
楽しみですね。
岡村
はい。踊っている私も、同じ踊りでも、自分自身のその時の置かれた状況とか、その時の考え方によって踊りの解釈が変わり、踊り自体も変わるんです。そんなこともあって、奥の深さをとても感じるのがインド舞踊なんですね。なので、ぜひとも観てほしいですし、とにかく触れてそこで感じたものを大事にしてほしいと思います。
サトシン
まずは観て!ってことですね。
岡本
はい、ぜひ!
(2007.5.22 NAMARA缶詰カフェ オーサムにて)

====================

岡村知子さんHP「ビディア・カラー インド古典舞踊バラタナティアム教室」
http://www5.ocn.ne.jp/~kitsuney/vidyakala/

インド舞踊の夕べatワインパーティー
~南インド古典舞踊バラタナテイヤム~
(踊りを観賞後、ワインとお食事付)
日時:2007年6月9日(土)18:30開演(公演時間約50分)
場所:ギャラリーカフェ悠 亀田鵜の子4-1-26 アピタ亀田店前
料金:3500円(ワインパーティー込み)
※踊りのみ観賞の場合1500円(予約申し込み時にお伝えください。
ご予約・お問い合わせ:025-381-3908  090-7412-7035(乙川)

2007年5月18日 (金)

ガットにチョしてく男たち ザ・ガッチョスさん

【NAMARA缶詰カフェ 5ミニッツインタビュー】
元気のいいヤング(死語だな)2人がいたので声をかけてみました。知らなかったけど(失礼だな)、新潟お笑い集団NAMARA所属のコンビ芸人さんでした。結成してまだ2ヵ月ちょいとのことだけど、息ピッタリの印象。それもそのはず、お2人とも、NAMARAでの芸人歴はそれなりに長く、前から知ってる間柄ではあったのです。で、一体どんなコンビなの?

Gacchos_9

(左)ツッコミ:大野正也 (右)ボケ:長谷川聖

サトシン
今回はお2人か。そんじゃおまかせしますんで、テキトーにしゃべってみてください。
大野&長谷川
はい。新潟お笑い集団NAMARAの「ザ・ガッチョス」です。よろしくお願いします!
大野
ツッコミ担当の大野正也です。
長谷川
ボケ担当の長谷川聖(さとし)です、お願いします。
大野
僕らの今やりたいことって何ですかね?
長谷川
まずはネタだね。ネタがまずは大切!新潟でネタをやってる子たちの中で一番面白い!と言われるようになりたいですね。
大野
そうそう!やっぱりお笑い芸人なんで、まずはネタをつくっていかないとですね。
ぼくはですね、ネタのことも大事なんですけど、せっかく新潟に住んでるんですから、いかに新潟を盛り上げていくか?ってことも考えています。
長谷川
ぼくもですね、ネタのことも大事なんですけど、普段のバイトの方が忙しいんで、そっちも一生懸命がんばろうかなと思ってます。
大野
おい!お笑いをがんばれ、お笑いを!
長谷川
ぼくはお笑いをやりながら、普段は消防士をやってますから。
大野
ウソつくな、そこで!
長谷川
ウソですよ。
サトシン
本業は何なんですか?本業っていうか、バイトか。
長谷川
本業は・・・本業はお笑いをやりたいですよ。副業は消防士です。
大野
だから消防士じゃないでしょ。
長谷川
見てのとおり、消防士です。
大野
いやいや、これ、テキストになるんだし、わかんないから。(インタビュー後、長谷川さんは介護関係の仕事をしてることをカミングアウトしてました)
サトシン
ちなみに、お2人の出会いのきっかけは?
大野
もともと聖さんがNAMARA発足当時から関わってたんですよ。で、ぼくが今年7年目なんですが・・・
サトシン
聖さんはおいくつ?
長谷川
見てのとおり33です。
大野
だからテキストになるんだから、わかんないって!
長谷川
あそっか(笑)。
大野
で、ぼくが21なんで、ひとまわり離れちゃってるんです。
長谷川
見てのとおり、ひとまわりも2まわりも違うんですよ。
大野
2まわりは違わねえって!そこ誇張してどうすんだ。
サトシン
コンビとして、お2人ならでは!ってとこ、何かあります?
長谷川
「ザ・ガッチョス」ってコンビ名が、新潟弁の「ガットにチョす(強くいじる)」を合体させたものなんで、まあ新潟的な言葉とかを使わせていただくことによって地域にかわいがっていただこうと。そういうわけで、中央で売れても、新潟の方たちにかわいがっていただける存在になりたいですね。
大野
基本的には「地元愛」ってことですね、ええ。そんなスタンスで、いろんなところをガットにチョしていきたいと思ってますね。
サトシン
なんか、やろうとしている活動があるんですよね?
大野
そうなんです!音楽とお笑いのコラボレーションライブってのをやろうと考えてます。
ライブの名前は「ドリームスポット ニイガタ」。なんでこういう名前をつけたかっていうとですね、新潟で夢を持っている人ってたくさんいると思うんですよ。そんな、新潟で夢を持っている熱い人をどんどん発掘していけるような、夢の発信基地になるようなライブをやっていきたいと考えているんです。ぼくの同級生でヴォーカリストの「彩*音」さんって人がいるんですが、ぼくらと彼女で立ち上げてみました。
サトシン
それは単発じゃなく、継続的にやっていくわけ?
大野
レギュラーメンバーは、ザ・ガッチョスと彩*音さんなんですが、ゆくゆくは、いろんなジャンルの若手、夢を持った若者と一緒にライブができたらいいなあと思ってます。
たとえば、「医者になりたい」って夢を持った人がいたとしたら、その人も交えて、「音楽と笑いと医学のコラボレーション」とかもありますよね。
長谷川
シミフー(清水フードセンター:新潟の老舗スーパー)のレジ打ちの人とのコラボもありです。
大野
まあね。そういう人たちをどんどんガットにチョしていきたいですね。
サトシン
ガットにチョすことで、またどんどん夢が広がっていくわけですね。
長谷川
そうそうそう、そういうことなんです。
サトシン
他にも言っときたいこと、あります?
大野
えーと、ぼく、彼女募集しています!
サトシン
切実だな!
長谷川
切実ですね!
サトシン
長谷川さんは、あります?何か言っときたいこと。
長谷川
えーと、明日、買い物に行きます。
大野
個人的インフォメーションしてどうすんだよ!
ここは、ぜひとも「ドリームスポット ニイガタ」にお越しください!って言っとかないと。
サトシン
そうだよね。応援してます。
大野&長谷川
ありがとうございました!
(2007.5.15 NAMARA缶詰カフェ オーサムにて)

「ザ・ガッチョス」大野正也ブログ「青木ヶ原へ行こう!」
http://blog.goo.ne.jp/aokigahara0110

音楽とお笑いのコラボレーションライブ
DREAM SPOT NIIGATA
ドリームスポット ニイガタ
日時 6月23日(土)
開場PM6:30 開演PM7:00
料金 ¥1500-ワンドリンク付
希望制でライブ終了後¥2500-でフード4品と2ドリンクがでる交流会もあるのでお楽しみに!
場所 ナマラ缶詰カフェ
TEL025-224-8001
新潟市古町通5-599
出演 お笑い芸人「ザ・ガッチョス」 ヴォーカリスト「彩*音」
チケットのご予約・お問い合わせは
ナマラエンターテイメント 025-222-1125

2007年5月16日 (水)

暑苦しくないけど熱い男 YAMATOさん

NAMARA缶詰カフェ 5ミニッツインタビュー】

佐渡を愛し、佐渡を歌う、シンガーソングライターのYAMATOさん。「佐渡島お笑い島計画」にも関わり、音楽を通して佐渡をアピールしようと考えるナイスガイに、今の活動とそこに込められた想いを聞いてみました。そのストレートなメッセージは、プロレスに喩えるなら(YAMATOさん、プロレス大好きだそうです)ストロングスタイルだ!

Yamato

サトシン

まずはご自分について、ざっくばらんに語っていただけますか。

YAMATO

それでは。シンガーソングライターのYAMATOです。

佐渡島の旧相川町出身です。

故郷を離れてからの方がもう長くなってきたんですが・・・

3年ほど前になるんですが、「故郷に何か返したい」という思いがずっと募ってきていまして、「なにか自分にできないか」ということを突き詰めてみた時期があったんです。

事業で成功したりとか、そういうことができれば一番なのかなとも思うんですが、消去法でいろいろ考えてみたら、自分の少年時代からの夢だった音楽というというものを越えるものがやっぱり、今までの人生でなかったんですね。でも、夢だったにも関わらず、音楽に対するチャレンジっていうものを今までしないまま来てしまったわけです。あらためて、この音楽というものを通して故郷をアピールできるんじゃないかというところに行き着きまして、10年くらいまったくやっていなかった音楽を一念発起で始めたんですね。それが3年前。

そんな思いで「佐渡島」という歌をつくったところが、それがインディーズの全国デビューに引っかかりまして、それ以来、音楽活動を続けているといったところです。

だから、音楽を通して、ライブを通して、故郷をアピールできればと。観光新潟佐渡島も年々落ちてきているという中で、少しでも宣伝できるんじゃないか。そんな思いで出発した音楽活動をやっているところです。

サトシン

YAMATOさんのことは「佐渡島お笑い島計画」という活動で知ってはいたんですが、そのへんのことをお聞かせいただけます?

YAMATO

佐渡連合会という関東の佐渡出身者の集まりがあって、そこに自分が音楽活動を始めたってことで、縁のある人から呼ばれて行きまして、「佐渡島」とか、何曲かを歌ったんです。その場に「佐渡島お笑い島計画」を企画している吉井さんがたまたま初めて参加していまして、オレを見て「自分より若い人がいた!」と。で、「YAMATOさん、実は『お笑い島』という企画を今年から始めようと思ってるんだ。歌に感動したんで、よかったらキャンペーンソングを提供してくれないか」と誘いを受けまして、そこから3年間、ずっとおつきあいしているって感じです。

サトシン

ちなみにYAMATOさん、おいくつですか?

YAMATO

ちょうど40なんです。

サトシン

途中、音楽に関してはブランクがあったんですね。

YAMATO

そうそう、まったく!人生から音楽は一旦消えてました。

サトシン

その間は何を?

YAMATO

学習塾の講師が長かったですね。中国に留学してた時期もありました。あとまあ、いろんなことをやってきましたね。今は自分でちょっとした仕事をしながら、音楽に大分時間をシフトしてきているような感じです。

サトシン

先ほども聴かせてもらいました(3曲ライブ演奏してもらいました)が、佐渡の歌以外にも歌ってらっしゃるんですよね。

YAMATO

はい。おかげさまで、有線でリクエストしていただける曲も何曲か出てきましたし、いろんな意味で、徐々に取り上げていただけるような段階には来ていますね。

サトシン

お聴かせいただいた歌は、みんな熱い感じがしました。「熱い人だ!」って思っちゃいましたよ。

YAMATO

はははは、よく言われます。バラードの曲なんかもありますけど、基本的には、そう、熱いものが好きなんです。

サトシン

熱いんだけど暑苦しすぎず、メッセージがストレートに伝わる感じがしましたよ。

YAMATO

はあー、ありがとうございます。そう言っていただけると非常にうれしいです。

サトシン

佐渡との関わりも、当然熱いですよね。

YAMATO

そうですね。今は東京と佐渡を行ったり来たりしながら活動しているんですが、やっぱり佐渡出身者に、とくに若者たちに、故郷への思いとか、誇りとか、そういうものを持ってもらいたいと思いながら活動しています。

地域活性って、まずはその地域の出身者ひとりひとりの誇りとか、心の持ち方が重要だと思うんですよ。そういうところに自分の歌を通してメッセージを投げかけられればいいなあ、と思ってます。今後は、全国展開でライブをしながら佐渡をどんどんアピールしていけたらいいなあ、と思ってます。関東、佐渡島以外では初なんですが、今度、大阪でライブやります。そんな形でもっともっと、全国各地に活動を広げていきたいですね。

サトシン

暑苦しくないけど熱いぞ!がんばってくださいね。

YAMATO

ありがとうございます!

2007.5.15 NAMARA缶詰カフェ オーサムにて)

YAMATO

http://tinyurl.com/yufoyl

http://tinyurl.com/266sg2

佐渡お笑い島計画

http://www.owarai-jima.jp/

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